分類できない

「すみません、妻がジャケットを忘れて。。。」

と、教室に駆け込んできた見知らぬ学生の顔を見て「あら」と思った。

授業が終わって、そろそろ教室を閉めて出ようかなと思っているときだった。

ある女子学生がいつも座っている前列の席に
ポツンとジャケットが置いてあったので
あら〜、ヘザーさん忘れていっちゃったわーと思っていたところだった。

ヘザーさんは高校を出たての10代ではない、たぶん20代後半ぐらいの大人だなと思っていたが

どうやら既に結婚していたらしい。

アメリカではいったん社会に出てから勉強し直すために大学に戻る人も多いので、学生が既婚者であることは別に珍しいことではない。

私が「あら」と思ったのは

その駆け込んできた学生が女性だったからだ。

 

「私も今気がついて、どうしようかと思ってたんですよ。奥さんのために取りにくるなんて、優しいんですね。」と言ったら

「彼女、次の授業に走って行かなきゃならなくて私が代わりに、、、いつもこうなんです。ホント忘れっぽくて、、、」と

その学生はやれやれという表情を見せたあと、ジャケットを手にとり微笑んで

「サンキュー」と言って教室を出ていった。

 

ちょっとボーイッシュな学生だなと感じてはいたが、どうやらヘザーさんは同性愛者だったらしい。これも別に珍しいことではない。

でも状況によってはセンシティブなトピックになったりするので、教師としては出来れば知っておきたい情報だ。

例えば伴侶の名称。

日本語では、夫、妻、旦那、家内、カミさん、主人、、、と色々な呼び方があるが

男性が自分の同性のパートナーを「うちの旦那が」とか

女性が自分の同性のパートナーを「うちの家内が」とか

日本でも言ったりするんだろうか??

(ちなみに先の学生はちゃんと「my wife」と言った)

 

アメリカの大学で長年教えていて、とくにここ8年ぐらいは
クラス全員の性別がはっきり分かった学期のほうが、実は少ない。

ヘザーさんのように生まれもった性別のままで、同性を愛する学生ならまだしも

「ん〜、この子もともとは女の子だったかな?男の子だったかな?」と
1学期を共にしても最後まで性別が分からなかった学生もいる。

名簿にある正式名が英語の場合は名前で大体判断できるが

これが英語以外の外国の名前になるとさっぱりわからない。

学生の中には、「名簿の名前はカトリーナになってると思うけど、クラスではXXという名前で呼んで下さい」と自ら願い出てくれた子もいる。
本人がこうして申し出てくれると、本当に助かる。
このケースでは、私はこの学生を完全に男子として扱えるからだ。

 

私自身は学生の性別など全く気にならないし

日本語で会話する分にはあまり不自由は感じないのだが、

困るのは英語に切り替えたとき。

例えば「XXさん、どこ行ったの?」を、”Where did SHE go?” と言うべきか  “Where did HE go?”と言うべきか、ハタと迷うことがあったりする。

この点、日本語は柔軟だよなあといつも思う。会話の中で相手の性別をはっきりと断定してしまう「人称代名詞」を、ほとんど使用しないからだ。

 

言葉は人の社会活動を反映して形成される。

英語に、he, his, she, her…という人称代名詞が存在するのは

人間の性は「男と女の2つに完全に分類できる」という大前提があったから。

でもそれって、本当...?

 

かつて肌の白い人、黒い人、黄色い人と

完全に見分けることが出来て、完全に分類された時代があった。

「混じっている人」は異端だとして差別されたことさえあった。

グローバル化の進んだ現代ではハーフやクォーターなんて別に珍しくなく、肌の色も濃いめから薄めまでもう色々。

様々なバックグラウンドを持った人がいて、もう分類分けなんて出来ない。
それが個性で、だから面白い。だから魅力的。

同じように

あなたは100%男性
あなたは100%女性

そんなふうに真っ二つに分けることも、いつか出来なくなるんじゃないかな?

なんとなく「その間」に位置する人がいて、それが当たり前、それが自然なんじゃないかなあと最近感じる。

複雑怪奇な人間という存在を、たったの2グループに分けることのほうが無理のような気がするのだ。

そして個人的には、ヘザーさんのように
どちらのグループにも100%属さないタイプの人たちは、私たち人類の進化し始めた形なんじゃないかな?なんて思ったりする。

そしてこれも全く個人的な見解だが

「なんとなく間に位置する」学生たちは、日ごろ接していて、人一倍優しい印象を受ける。

おそらく育ってきた過程で様々な思いを体験してきたからではないかと思う。

 

女性が男性を思っても

女性が女性を思っても

男性が男性を思っても

愛は、愛。

love

「え、あなた紅茶派?私はコーヒー派なの」ぐらいのレベルで

当たり前に受け入れられる時代が、いつか来るような気がする。

1000年ぐらい先かな?

その頃までには、言葉も追いついて進化しているかな?

 

 

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