ここにきて… 英語で泣く

新しく「ブログ引っ越ししました!」とお知らせしておきながら
ずっと更新もろくに出来ず仕舞い。

気がつけば10月になってしまいました。。。

シアトルは気温がグッとさがり、一気に秋を迎えています。

今年はシアトルの美しい夏を堪能する余裕もなく自分と格闘する日々でした。
というのも「私ってこんな人」「私にはこれしか出来ない」の殻を破るべく
新しいことに着手し始めたためです。

ご存知のとおり、日本語でのブログはもう何年も書いてますが

最近になって初めて英語でのウェブサイトを作りました。

「何かを変えたかったら自分が動くしかない」

そんな、後ろからお尻を叩かれるような思いにせき立てられていたここ1〜2年。

ようやく習得してみたい。やってみたい、と思えるものに出会えたので
夏休みを機に、集中して取りかかり始めたのだが、、、

悩んだのが「日本語でやるか」「英語でやるか」

色々考えた末、結局英語でやることに決めたのだけど
在米20年以上の今になって
英語でほとほと泣くことに。

知り合いへのメールとかではなく
こんなに理路整然としたものを英語で書く必要に迫られたのは、大学院以来かもしれない。

あの頃も英語でのレポート書きには、心底泣かされたっけ。よく卒業できたよなあと思う。
アメリカ人の友人が2時間で書き上げるものに、私は裕に6時間はかかっていた。

そうやってやっと書き上げたレポートを
「何が言いたいのかさっぱり分からないから書き直して」と教授につっかえされ
バスの中でひとり泣いたこともあります(笑)。

どんなに長くアメリカに暮らしても
言葉の壁は超えられない。

ご存知の方も多いと思うが、9月シアトルでは大きなバス事故があり
大学の留学生に犠牲者が出るという惨事に至った。
新学期が始まる数日前のことだった。同系列の大学での出来事だったので教師にも一斉に緊急連絡が入り、悲しい新学年度の幕開けとなった。
犠牲者の方たちそしてご遺族の方たちに、心よりお悔やみ申し上げます。

言葉の通じる国内であっても、あんな惨事に直面したら誰でも気が動転してしまうだろう。

これが言葉のままならない海外であった場合
たとえ軽傷ですんだ学生たちも、自分の体調や心境をうまく言葉で伝えられずさぞ心細い思いをしたことと思う。

私であってもこの2月にERに担ぎ込まれたときには
気が朦朧としていて
“ambulance”(救急車)という単語がとっさに出てこなかったほどだ。

外国語は所詮、どこまでいっても外国語。

それが英語であれ、中国語であれ、スペイン語であれ

日本語の通じない場所で暮らしたことのある方なら
誰もが痛感することだと思う。

なので英語でサイトを立ち上げるなど
一番避けて通りたかったところ。

なのに何故敢えて、日本語でなく英語ですることに決めたかというと

単なる「無謀な性格」がひとつ。

そして

苦手なことに立ち向かえる自分を
この年になって再び信じてみたかった気持ちがひとつ、だろうか。

まあでも「無謀」が8割ぐらいです。

泣こかい、飛ぼかい
泣くよか、ひっ飛べ!

の「薩摩おごじょ」精神で、
とりあえずひっ飛んでみてから
今泣いているところです。。。

本職の言語教育とは全くかけ離れた未知の分野で
勉強しながら記事を書いているため
余計に時間がかかる。

何時間もかけて書き上げた記事を
また自分で何度も何度も読み返してチェックする。

そして「これで精一杯!」という仕上がりを、例えば夫が読むと

ポロポロと誤りを指摘される。

ガックリ。。。(マジで凹みます)

ほとほと情けない。

でも、そんな情けない自分も受け入れていく。

 

そして思い出す。
「あ〜、駆け出しってこういう感じなんだよね。情けないんだよね」と。

自分のスキルにまだ自信がなくて
自分のことをまだ完全に信頼できなくて

いつも不安で、おぼつかなくて

自分のいっぱいいっぱいで、ようやく立っている感覚。

その「いっぱいいっぱい」を、もうちょっと先までぐーっと押して
やっと少し、、。キャパが広がる。

キャパが広がったところの
いっぱいいっぱいから、
またもう少し先までぐーっと押して

昨日よりちょっとマシになれたかな?の状態で

ハイ、じゃあこれで何とか明日も乗り切ってみましょう、の繰り返しが
果てしなく続く。。。

教師として駆け出しの頃もそうだった。

何時間もかけて勉強して準備して、
授業に挑んだっけ。
それでも学生から来る質問に答えられないことなんてしょっちゅう。
そして帰ってまた勉強。。。

頼りない、情けない思いを何度したことだろう。

そうそう、まさに今のこの情けない感じ。
その情けない時を何年も過ごして、私は教師として今の場所にたどり着いた。

最初はなんでも「駆け出しから」なのだ。

でも駆け出さないことには、エキスパートにもなれないのだ。

だからまずは最初の一歩を踏み出す。

その決断は、やはり大切だと感じます。

ここにきて英語で泣く

夏休みの間は、夏期講習を教えなくてもいいと言ってくれた相方の言葉に甘えて
集中してこれに取りかかっていたけど

新学期が始まってからはもちろん、本職のほうで時間の殆どを取られてるので

進み具合は非常に遅く
こちらのブログのほうも全く手付かずの状態だった。

これからはもう少し頻繁に近況報告するようにします。

人生何が起こるかわかりません。

最近には他州に住む夫の従兄が、まだ50代だというのにくも膜下出血で倒れたと連絡が入り
今は落ち着いていますが左半身に麻痺が残るとのこと。

普通にある健康と、普通にある命が

どうしても「普通」だとは思えない今日このごろ。

ひらめいたことは恐れずやってみよう。

失敗のない人生など、無いのだし
失敗させてもらえる間に失敗させてもらおう。

失敗から何かを拾って

そうしたら受け入れられることが、
きっとまたひとつずつ増えてゆく。

 

レニア

2 thoughts on “ここにきて… 英語で泣く

    1. Rainier Post author

      yamaさん、

      コメントありがとうございます。元気のお裾分けになったでしょうか。私自身ガス欠気味なんですがそう言って頂けると嬉しいです。
      ままならない事も多いですが、一歩ずつ行こうと思います。

      レニア

      Reply

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