痛みを発信する

不思議なことに
このところ数人の方から、この記事に関するメールが立て続けに届いた。

You Have Done Nothing Wrong (2014年11月24日)

どうしても書かなければならない衝動に駆られて、去年の秋に書いたものだが

記事をアップしてから気づいたことは

自分を許すことができずに苦しんでいる人が
予想以上に多くいるのだな、ということ。


こんな事でもがいているのは、おそらく自分ぐらいだろうと
己を情けなく思った時期もあったけど

そういう道をたどっているのは
どうやら私だけではなかったらしい

見知らぬ人から届くメールには
その人の痛みと、
その後ろに隠れている光が感じとれる

人が何かに苦しんでいる時って、その次のレベルへ脱皮する直前のような感じがする。

だからその文字を目で追っている私の内部までもが
何かに反応するような
ふつふつと浮上するような
うまくことばにできない感覚をおぼえるのだろう。

 

そうしたメッセージが、一定の期間に集中して届いたのが、
なんとも不思議。
自分を許せない時って、人はどうやってそれを消化するのだろうか。

私はやはり書くことが多くて、それはブログであったり、ひと昔まえだったら日記だったり
コンピューターに向かってダーっとタイプしたこともある。

もちろん保存することはなく、吐き出してしまった後は削除。

身近な人には、内に秘めた苦しみなど
却って言えないものだ。

私などは傷を自覚していなかった時期さえあるぐらい。

でも書くことで出口が見つかったわけではない。

ただ書いている時は、それが誰に向けて書いたものではなくても
自分の思い(痛み)をどこかに発信していたのかもしれないなと今になってふと思う。。。宇宙とか?

そしてしばらくして、
本当に予想だにしていなかった状況で

傷を消化するきっかけが、メッセージが
ある人の口からポロリと、私のもとにふってきた。

自分は傷ついていたんだという自覚が無い時期が長〜くあり

気づいてからは、書くことで吐き出す時期があり

そしたら、許すきっかけが人の言葉を媒介に提示された。

 

人間の思いは、周波数をもつエネルギーだと言うから

「苦しい、助けてください」と空に向かって発信することは、大切なのかもしれない。

目に見えない何かがそれに反応して
ヒントを送り返してくるような気がする。

昔の人は、それを「祈り」と呼んだのかもしれない。

私にメールを下さった方たちの思いは
たぶん書くことですでに発信されている。

 

発信、いつでもウェルカムです。(お返事は滞るかもしれませんが)

そして発信したあとは、どんな形であなたに突破口が提示されるかはわからないから

どうかしっかり受信していただきたいなと思う。

 

 

だいじょうぶ。一歩ずつ、行きましょう。

 

8月に入り、シアトルは美しい夏を迎えています。

 

 

 

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