「妻の祈り」の転用?

(2012年12月31日)

 

ブログに書こうかどうしようか、しばらく悩んでいたが

やはりここは皆さんの意見を拝聴したく
思い切って記事を立ち上げることにした。
ご存知のとおり、「妻の祈り」はそれはそれは多くの人に読み広められ、未だにコメントや個別のメッセージを毎日のように頂戴する。

殆どの方が、

知人友人にも読んでもらいたいので
ブログ(またはFacebook)でシェアしてもいいでしょうか?

と言ってくださる。

なかには、私の承諾なしにそれをするのは気がひけるので、

まずは私の許可を得たいと、わざわざその為だけにメールを下さる真摯な方までいらっしゃった。
さて、

そうしてメールを下さった方のなかに

「実は数ヶ月まえに、『妻の祈り』をブログに転載させていただきました。無断で申し訳ありません」

という方がいらっしゃった。
メールにはご自身のブログのURLも、きちんと記載されてあったので
早速その方のサイトにお邪魔してみたら
確かに、「妻の祈り」の和訳が紹介されている。
きちんと私のブログへのリンクを貼られており、ソースを明確にして記載くださっていた。
そしてその記事をよくよく見てみると
この方がそれをブログでとりあげて下さったのは、実は今年の8月。

今回の騒動の、数ヶ月も前だったということが分かった。
しかもこのメールを下さった方は
広く知られた企業コンサルタントの方だった。
私はお名前は存じ上げなかったのだが、ウェブサイトにお邪魔してすごく精力的に活動されている方だというのがすぐに分かった。

「そんな方が一体どこで私の訳を目にされたのだろう?」と不思議に思ったので
すぐにお返事差しあげて、そのあたりをお聞きしてみた。

これまた丁寧に綴られた返信を、読み進めてゆくと
こうした内容だった。

 

自分のような仕事をしていると、卒業シーズンに「卒業式で引用等に使いたい」と
教育団体から自分のブログの転用について申し入れが入る。
同時に「こんな素敵な詩を見つけました」という報告も入る。
そうして出会ったのが『MARRIAGE』だった。(「妻の祈り」英語原文のタイトル)

誰によって書かれたものなのかリサーチしているうちに
この『MARRIAGE』が詠み人知らずであることや、
いくつかのバージョンが存在することを知った。
(ちなみにこの方が初めて読んだバージョンは、ハッピーエンドだったそうです)

はて、これを日本語に訳している人はどこかにいないだろうか検索しているうちに
レニアさんのブログを発見するに至った。

そして同時に

最後の2行に「自己啓発を促す文章」を、あたかも本文に付随するかのごとく加筆することによって
例えば、ラストの一文:

「心を通わせる時間を 大切にしていっていただきたいと思います。」

の、後に

「そして私のような失敗をしないためにも、自己啓発をめざすべく投資しましょう。」

として

この物語を
「自社セミナーへ申し込みする気にさせる」企業ツールとして利用している
セミナー業者を発見した。

私はこうした企業のケースを、「誤った資本主義の事例」として
あちこちのセミナーで取り上げ
レニアさんのブログURL付きのコピー文書を参加者に配布し、
改ざんを防ぐべく講演してきた。

その甲斐あってか、今回私が見つけた業者も
最後にはその悪用を止めたようだ。

私がレニアさんから事前の承諾なしに
自身のブログに「妻の祈り」を無断転載したことは非常に申し訳なく思っている。
だが、レニアさんの和訳をこうして悪用するケースは、今後もあり得ることなので
そうした事を阻止する意味でも
もし差し支えなければ、このまま転載をお許しいただきたい。

そして、できることなら
この事に関する記事を新たに起こして、ブログ読者に公表すれば
レニアさんのブログでこの物語に感動した多くの方々が
この物語の悪用に対する目を光らせてくれるのではないだろうか。

 

ということだった。

自分の訳した「妻の祈り」が4ヶ月も前に著名な企業コンサルタントの方に読まれていたことに、まずビックリ。

そして、それがその方のセミナーで「ある事例」として論議されていたことに、またビックリ。

そしてその方が私の知らぬところで
その悪用を阻止するべく尽力してくださったという事実に
ただただビックリ、、、ボーゼンとなった。

改めて、ネットの力
恐るべし、、、

己が発信するものが、どこに繋がっているか
想像すらできない時代なのだと、、、痛感。

 

そしてこの方が教えて下さらなければ知る由もなかった事。
まさか、この心に染み入る物語を
しかも自分の和訳したものを
どこかの企業が自己利益のために利用しようとしていたという事実に
「本当に?」と、ただビックリ。
そしてやはり、ショック。。。

私はお恥ずかしい話、この年になっても非常に世情に疎いところがあり

「人が人を利用する」という現実に

かなり鈍感なところが、ある。

相方にはいつも、

君はそんなにナイーブで(英語の「ナイーブ」は決して良い意味ではありません)
よく今まで危険な目にも遭わず、生き延びてこられたね

と言われるぐらいだ。

なので、今回「妻の祈り」に関しても

共鳴してくれた方々が、その感動を周りにいる人とシェアしようとするのは想像できても

よもや、これが利益のために利用されるだろうなどとは
思いもよらず。

それを指摘して下さったコンサルタントの方のお便りを読んで
さぞお忙しいだろうに
これだけ詳細に事情を綴る時間を私のために割いて下さった、その方の思いやりに感謝しつつ
はて、これはどう対応すべきだろうかと
気持ち定まらず、しばらく考える日々が続いた、、、

だが結論として
やはり「妻の祈り」を読んで、気持ちを共有して下さった多くの皆さんと
これはシェアしたほうがいいのではないかという思いに達し
大晦日の今日になって(やっと!)
ここに書かせていただいた。

皆さん、どう思われますか。

 

単調な毎日の中にこそある、小さな幸せを感じましょう。
試練も多い、長い長い結婚生活で
今の伴侶と出会った縁を、そしてその奇跡をかみしめ
相手に感謝する気持ちを忘れずに
大切だよ、ありがとう、という気持ちを
相手に伝えながら
あたたかく暮らしていきましょう。

という、このストーリーが持つ強いメッセージは

確かに「自己啓発」の類ではあるのだけれど
それが企業セミナーのセールストークに利用されるというのは
やはり、
ちょっと違うのでは、、、?

私はこの物語の作者ではないので、これを書いた人の本当に意図するところは完全に把握できないのだけれど
このお話の本質は、「利益」というものから
一番遠くかけ離れたところに存在するのでは?

純粋に
人の気持ちを動かし、語りかけ
各々が、ちょっと自分を振り返ってみようかなと思う、、、
そういう大きな力と、役目を持ったお話なのでは、、、?

数日考えた末、そういう結論に辿り着いた次第です。
とは言うものの、私はこうして遠くシアトルにすむ一個人で、

日本の何処で、この物語がどういうふうに使われようが
それを知る術もありません。

なので、
私のブログを訪れて下さって
この「妻の祈り」に、同じように感動、共鳴して下さって
ただ純粋にこの物語を一人でも多くの人と共有したいと思って下さった皆さんが

万が一、このお話が間違ったふうに利用されている事例に出会った場合
問題提起していただけたら嬉しいなと。

そんな思いを込めて

今年最後のブログ記事を書かせていただきました。

 

 

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